立ち止まってみてごらん   

                                

 

      繭人形シリーズ   午年です           

         折々の記 104     病室のつぶやき      
     折々の記  105     続・病室のつぶやき        
              折々の記 106     続々・病室のつぶやき    


    折々の記 107     病室のつぶやき(点滴)

 年末年始をはさんで40日ほど入院していましたが、治療といえば朝晩に行う抗生物質の点滴(てんてき)だけでした。

 朝は10時、晩は22時の2回にそれぞれ30分かけて点滴するのですが、その時間はベッドで横になってある一点を眺めていました。

 その一点とは、点滴スタンドにつるされた薬液バッグから少し下にある透明の筒のような部分、通称チャンバーと呼ばれるところです。


      点滴装置のうち透明な筒・チャンバー
このうえに薬液パッグがあり、この下は点滴管になっています

 バッグの薬液が短い管を通ってそのチャンバーにポタッと落ちてきます。そしてある程度チャンバーに溜まると点滴管を下って私の身体に入ります。

 そのチャンバーにポタッと落ちる液滴(えきてき)の数を数えていたのです。じつに、暇といえば暇なのです。

 抗生物質の薬液は100mlのバッグに入っていて、それを30分で体に入れるには結構なスピードで点滴の管を通さねばなりません。

 チャンバーでみるとポタッ、ポタッといった間のあるテンポではなく、ポタポタポタといった切れ目のない落ち方になります。

 通常、薬液1mlはポタッの液滴20滴ぶんです。

 だから100mlなら2000滴になり、これを30分で静脈に流し込むには毎分67滴を落とさなければなりません。

 ですから看護師は点滴をセットする際に小さな時計をチャンバーの横にかざして滴下の数を測りながら速度を調節しています。

 そしてチャンバーを眺めていた理由の一つは、私の場合、滴下する速度が徐々にゆるやかになって、そのうちに止まり、静脈からの血が逆流したりするからです。

 この落下速度が遅くなるのは、静脈に入っている樹脂製の細く柔らかなカテーテル(留置針)が血管の壁に当たっていたり、まがったりして薬液の通りが悪くなっていることが多いのです。

 そのため少しずつ腕をひねってみたり、身体の向きを変えたりして滴下が再開する姿勢を探ります。

 それでもうまく行かないときは、カテーテルを少し引いたり抑えたりすると大抵の場合、滴下の速度は回復します。

 ほかに点滴管の中にできた気泡が邪魔をしたり、点滴スタンドの高さを調節するねじがゆるみ、薬液バッグの重みで下がってしまって、滴下に必要な重力が自分の血圧に負けるということもありました。

 ちなみに一つの点滴口が使えるのは感染防止と血管に負荷をかけないために一週間が限度と定められていました。

 朝晩2回の7日間ですから14回が上限です。

 そのため毎週、腕をかえて新たな点滴口をつくりました。

 点滴口をとるには二の腕をゴムで縛って圧迫し、指で前腕の血管をなぞりながら静脈を探し、『チクリとしますよ』と言ったあとに、静脈をねらって注射針をさし込み血管に入れます。

 それをほんの少しの痛みでできる人もいれば、二度三度、刺し直したあと『血管が深くて、もう片方の腕でやってみます』と嘆く人もいます。

 ですから点滴口の取り直しは看護師も患者も緊張する場面です。
 それでも当方としては平静を装って『点滴口がとりにくいと言って皆さん苦労されます。わるいねぇ!』と声掛けしますが、声が妙に震えていたりします。

 老人ほど静脈が細くなるので点滴口がとりにくいと言われます。

 ついで前腕部の狙った静脈にうまく注射針が入れば、針の外側にある柔らかい樹脂製の管だけを血管内に残して内側の注射針は抜きとります。

 金属の針がずっと腕に刺さっていたりはしないのです。

 その後、点滴口はテープでしっかり手に固定します。点滴口には静脈につながる管にコネクターがついているので、点滴チューブのコネクターとつなげるとスムースに点滴が始まります。患者への負担は少なくなるように工夫されているのです。

 看護師にとって血液検査用に採血するのはいとも簡単なことだといいます。

 『針の先がちょこっと血管に入れさえすればそれで用は足りるから。でも点滴口をとるには静脈に針を入れこまないといけないから難しい』というのです。

 言われてみれば、たしかに看護師という職業は経験と勘の良さが必要とされる技能職だと思います。

 それなのに彼女らは一日三交代で働いています。
 朝9時から17時までの昼の部と17時から午前1時までの半夜の部、そして午前1時から9時までの深夜の部があり、各フロアの病棟看護師のなかで割り振りが決まります。

 あるとき同じ看護師が色の違う制服を着ていたのでその理由を尋ねたら、昼の部は上下が白に対して、半夜の部は上着が紺色で下は白のスラックス、深夜の部では上下とも紺色の制服に決まっていて、ひと目で勤務形態がわかる仕組みになっているとか。

 それに半夜や深夜の部は二人くらいで20病室を担当するため、絶えずナースコールがなる忙しさです。それでも慌てず騒がず、ゆとりをもって行動していました。そして若いけど中堅といった感じの看護師が多かったような気がします。

 もともと看護師の養成をしてきた歴史ある病院なので、院内で練習を積んで一人前になるのは大事なこと。私自身も点滴口をとるための練習台として少しはお役にたてたかもしれません。