折々の記 22

ドクガの天敵
   夏の終わりに妻が割り箸でキンモクセイについたイラガを取っていました。イラガは強い毒をもつ虫です。妻は女性に似合わず虫が怖くありません。虫どころか両生類や爬虫類も苦手にしないうえ、ある時は箒でマムシ(別名ハメという毒蛇)と戦っていました。
   イラガの駆除がひと段落すると次は桑の木にいるキンケムシです。正しくはモンシロドクガという毒蛾の幼虫です。黄色い体に黒い斑点があり、頭部と尾部には赤味があって、いかにも毒々しい姿をしています。幼虫の体には毒針毛があり、脱皮殻や繭、成虫にも毛が残っているので要注意です。これも妻の割り箸で難なく処理されました。彼女はある意味、毒蛾の天敵です。

   かつてこのキンケムシにひどくやられたことがあります。試験場で宿直をしていたら真っ暗の中人の声がやけに騒しいのです。どうしたのかと思ったら顔が腫れて瞼が開かなかったのです。ただちに同僚に連れられて病院行きになりました。
   当時、桑園でキンケムシの数の変化を調べていたので、知らないうちに脱皮殻が風で顔に当たったのでしょう。そういえば夕方に顔がチクチク痛がゆいと思っていました。
   このキンケムシですが、卵から孵(かえ)って集団で暮らしているときは数に変化は見られません。それが成長して別々に暮らし始めると急に個体の数が減るのです。 鳥やクモに食べられた様子はなく、ただ葉の裏に脱皮殻のような跡が幾つもあって蛹のような物が並んでいました。
   持ち帰って拡大鏡で調べてみると寄生蜂の蛹でした。蜂はコマユバチという体長 4 _ほどの寄生蜂です。キンケムシの幼虫に産卵管を突きさして卵をうみつけ、かえった幼虫はキンケムシの体内で養分を吸って育ち、最後は幼虫の体を破って這い出したのち蛹に変わるのです。
   この蜂はクワノメイガの幼虫にも寄生します。蜂がクワノメイガの皮下へ卵を注入しながら産んでいくのを見たことがあります。そのとき幼虫はいやがる素振りをみせません。おそらく麻酔をかけられていたのでしょう。

   じつは、寄生蜂の遺伝子にはポリドナウイルスいう原始的なウイルスが組み込まれています。ウイルスは蜂の卵巣中で増殖し卵とともに産卵管を通って宿主の体内に入ります。そして蜂の卵を異物と感じさせないタンパク質を宿主に作らせて血球の攻撃から卵を守るのです。また宿主が蛹になってしまえばキチン質のかたい殻で覆われるため、中の蜂の幼虫は出られなくなってしまいます。そこでウイルスは宿主のホルモン系に働きかけて蛹に変わるのを阻止します。このようにウイルスは寄生蜂の生活が成り立つうえで重要な役割を担っているのです。
   このウイルスは、蜂の遺伝子に組み込まれた状態で親から子へと受け継がれます。こうなるとウイルスなのか蜂本来の遺伝子なのかよく分からなくなってしまいます。生物界にはまだまだ不思議なことが多く残されています。