折々の記 16

 みかん山

  松山から国道を南へ進み、大洲という城下町を過ぎると夜昼トンネルに入る。夜にトンネルに入ると抜けるのは昼すぎというくらい長いトンネルの名前がついている。トンネルを抜けると道は急な下り坂になり、左手にあらわれた川に沿って道は蛇行しながら下っていく。坂を下りきると川に沿って市街地が広がり、道はその先の港につながっている。町は山で三方を囲まれて、西だけが海にひらけている。
  よく見ると周囲の山は頂上まで石垣が階段状につらなって、ひと山まるごとみかん畑になっている。黄いろくみえる点はみかんの果実だろう。耕して天に至るとはこの景色を言ったにちがいない。

 八幡浜は早生みかんの産地であり、甘味と酸のバランスがとてもよいので全国的にも名が知られている。この港近くの山のみかんは「日の丸みかん」と呼ばれている。今日はそのみかんを買おうと思ってやって来た。

  みかんは平坦な畑よりも山の斜面で作った方が甘みが強くなる。斜面の土は乾きやすいのでみかんは絶えず水不足のストレスにさらされて味が濃くなっていく。これが平坦の畑であれば土は水を吸い、みかんは水を吸って大味(おおあじ)になる。みかんはもともと根が強く水を吸う力も強いので、よほどのことが無いかぎり枯れることはない。
  それに山の南向きは日当たりがよく果実に味がのりやすい。そうした味の良い条件がこの山には揃っている。加えてこの地の先人たちは山を覆うくらいの石を運び石垣を積んできた。石垣は土の流失を防ぐことだけでなく、太陽熱を石が吸収して地温を高めるのでみかんの生育がいい。
 それにしてもこの山の風景は圧巻である。勤勉で実直な人々の熱意というか努力というか、見る者を圧倒する光景である。産地は一日にしてならずである。
 ところで今回は少し早すぎたようだ。いま眺めている山の黄色い点々が早生みかんらしい。まだひと月くらい先なので少し緑が残る極早生を買って帰ることにする。